バーr……blog のようなもの 2024 年 10 月

10 月 14 日 ( 月 )

10 月 13 に静岡県接岨湖で発生した SUP の事故から川や海でのレジャーの安全について考えたもろもろ

既報の通り前日 13 日に静岡県大井川流域の接岨湖 (せっそこ) で 50 代のご夫婦が SUP を楽しんでいたところ、堰直下の再循環流に巻き込まれてしまう事故がありました。残念ながらお二人共溺れて還らぬ人となる悲惨な事故でした。

以下 NHK の記事の全文です。公益性が高いということで各リソースの転載をお許しください。

静岡県

13日午前11時15分ごろ、静岡県川根本町梅地の接岨湖で「人が溺れている」と、近くにいた人から警察に通報がありました。

警察によりますと、男女2人が溺れて消防に救助されましたが、いずれも搬送先の病院で死亡が確認されました。

亡くなったのは、いずれも愛知県知立市の会社員、小松史門さん(57)と妻の小松治子さん(58)で、ほかの仲間1人と一緒にボードの上に立ってパドルをこぎながら水面を進む「SUP」をしていたということです。

夫婦は、当時、救命胴衣を着用していて、一緒にいた仲間は「2人ともバランスを崩して湖に転落した」と話しているということで、警察が当時の状況を詳しく調べています。

現場は大井川鉄道の奥大井湖上駅から北東におよそ500メートル離れた場所です。

川根本町観光協会によりますと、接岨湖は「SUP」やカヌーを楽しむ人に人気のスポットだということです。

静岡新聞を始め様々な新聞の記事、ならびに TV のニュース動画を確認してそれらすべてをまとめると、ご夫婦は接岨湖上流部から画像の堰を超えて下流の接岨湖の中心部に行こうとしたようです。それとは別にこの堰の流れに引き込まれてしまったという情報もあります。

二人の遭難者が上流から遭難場所に突っ込んでしまったのか、あるいは引き込まれてしまったのか、下流から突っ込んでしまった、あるいはバックウォッシュで引き寄せられてしまったのかは、お二人ともが亡くなっているのでわかりません。

SUPをしていた男女2人が溺れる水難事故が起きた現場付近=13日午後4時5分、川根本町(本社ヘリ「ジェリコ1号」から) via 静岡新聞

こういった水が流れる堰の直下は水面と水底の間を垂直方向に激しく水が回転しています。この回転する流れを再循環流 (リサーキュレーション) といいます。

via リサーキュレーション(再循環流)を知っていますか?
via 川遊びでのリスク①~川の流れが生み出す危険を理解する~ | 【川の危険予知⑤】人工物|堰堤

どちらのサイトも「脱出が困難になる」と控えめな表現になっていますが、実際には自力で脱出する方法はありません。突っ込んでしまうと自力脱出できず、ほぼ助からないという恐ろしい場所です。

ここの再循環流つかまってしまうと、回転する水流で水底に引きずり込まれます。市販されている救命胴衣の最大浮力が 10kg 程度です。この水流に救命胴衣のたかだか 10kg 程度の浮力では太刀打ちできません。救命胴衣を着ていても水底に引きずり込まれてしまうのがこの場所の恐ろしいところです。

水流は回転しているので水面にも体がでることはあるでしょうけど、SUP ボードとボードにつながった全身が一緒にもみくちゃにされるので、水面で呼吸をするということ自体が現実的ではありません。

また水と空気が撹拌されて泡状になっており救命胴衣で浮力を得ることができません。どんなに救命胴衣に浮力があっても空気の上に浮かぶことはできません。なので救命胴衣もまったく役に立たないわけです。水面に顔が出た瞬間を狙ってて呼吸するのは物理法則的に不可能です。

救助作業もあまりに危険すぎてボートでは近づけません。ボートで救助者が近づけば遭難者とまったく同じ運命をたどることになります。両岸にロープを渡して救助者のビレイを取って事故現場に近づくか、この事故の例のようにヘリで救助者が降下して、ロープにつながった状態で救助作業をするしかありません。

当然間に合いませんし、そもそも間に合わせる方法が存在しません。

浮力のある SUP ボードに乗ってるのになんで落水するの?落ちてもボードにつかまれば普通助かるでしょ?ということを x.com なんかでたくさん見かけました。

しかし繰り返しますが、この水底に引きずり込む力は救命胴衣が役に立たないほどのとんでもない力です。また水面は水ではなく水と空気がかき混ぜられた泡です。救命胴衣は泡の上に浮かぶようにできていません。

さらに救命胴衣が引きずり込まれるということは SUP ボードも簡単に引きずり込まれるということです。SUP ボード程度の浮力と安定性では簡単にひっくり返ってしまいます。

当然乗っていた人は落水するので、そのまま再循環流に巻き込まれて延々と水の中を回り続けます。SUP ボードに捕まりたくてもそれはできません。水流であの大きな SUP ボードが暴れまくります。ボードにつかまるなんて夢のまた夢で人間技ではありません。

イアン・ソープですら脱出はできないでしょう。そもそも水を知ってるイアン・ソープならこんな危険な場所に近づこうととも思わないでしょうけど。

こういった事故を防ぐ方法は 1 つしかありません。河川のどういう場所にどういう危険があるのかを知ってそこには近づかない、それしかありません。


この事故に関する情報を集めていた時に SUP で流されて漂流する事故が近年多発しているという記事もたくさん目にしました。特に多かったのが風に流されて岸に戻れないという漂流事故の多発に関する記事です。

ご存知の通り下の画像のように SUP は通常立ち上がった状態で行うアクティビティです。

とあるショップさんの加古川そばの池で行われた新製品試乗会の写真。
もちろん今回の事故とは一切無関係です。

しかし立って楽しむのが基本となることから風にはめっぽう弱いという弱点があります。また下の画像を見てわかるようにボード自体が大きく、横幅もカヌーなどと違って非常に幅広に作られ安定するようになっています。このことは進行方向に対して水の抵抗を強く受けることを意味します。

出典 : SUP事故 漂流した当事者が体験を語る 10月は最多 |NHK事件記者取材note
もちろん今回の事故とは一切無関係です。

それだけではなく画像を見てわかるようにパドルのブレードも非常に小さく、SUP によるクルージングは基本的にかなり穏やかな状況で楽しむものだということがはっきりと道具から伝わってきます。風に流されて逆風に逆らって岸に行こうとしても、風の力と SUP ボードの水との抵抗でまともに進めないでしょう。

もし風で流されて岸に戻ることが困難な場合に最初にすべきことは風の影響を最小にするために座ることです。もし状況と自身のスキルやウェットスーツなどの装備があって許されるならサーファーのようにボードに寝そべることが風の影響を最小限にしてくれます。これは自分のような SUP の素人でもわかります。

もし座ってパドルを漕いでもまったく岸に近づけないのなら、寝そべってパドリングを、サーフィン経験がなくてそれも難しいなら躊躇なく救助を要請すべきです。決して時間が解決してくれたりしません。もう一度生きて陸に帰って家に帰り、ご飯を食べたりお風呂に入ったりという普通の生活に戻りたいのなら躊躇している暇はありません。

戻れない!!そう判断したら防水トラシーバーか防水ケースに入れておいたスマートフォンですぐに救助を要請しましょう。生きて陸に帰れば危険を犯して救助してくれた救助者にもいくらでもお詫びもできます。心配していた家族に詫びることもできす。死んでしまったらそれすらできなくなります。


今回の接岨湖での事故やその他の SUP での事故の情報を読んでいて思い浮かんだ疑問があります。SUP って講習を受けなくてもできるのだろうか?という疑問です。

結論から言うと SUP のボードやパドル、その他必要なものはメルカリなどでも買えてしまい、インストラクターやガイドから一切何も学ぶことく SUP を始めることができてしまうようです。

スキューバの場合はそうはいきません。そもそもオープン (オープンウォータのこと) のカードを持っていないとタンクを借りることもできません。これは歴史的に人命を失う不幸が積み重なって、現在では幸か不幸かそのようなシステムになっています。そのあたりの話は機会があればまた書こうかと思いますが今は置いておきます。

川遊びする人はスキューバ・ダイバーと違って講習を受ける機会はあまりなさそうなので、"川遊びでのリスク①~川の流れが生み出す危険を理解する~|安永翔太 | 元激流カヤックガイド" のようなスクールを主催していたり、ガイドをやってるような人の、安全に関する啓発文書は読んでおいて実践しないと最悪命を落とします。

もちろん座学を含む講習があるのならば受講するほうが圧倒的に自身の安全に寄与します。

とは言え自分だけは大丈夫と思いこんでしまう安全バイアスに囚われて、自分自身を自ら窮地に追い込んでしまう過ちを犯すのもまた人間です。ですが自然環境は情け容赦なく人を窮地に追い込みます。

そういった講習で得られるのは、知るべき先人の知恵の膨大な量のごく一部にすぎないかもしれません。ですががそれを学んで取り入れることをぜひともお勧めします。講習料は安くはないかもしれません。でも考えてみてください。あなたの命はその講習料より安いのですか?

一つしかない命です。どうか大切にしてください。そしてリクスを可能な限り減らしてなるべく安全にウォータースポーツを楽しんでください。


ダイビングにはリバーダイビングと呼ばれるジャンルがあります。リバーダイビングでは、リバーダイビング固有のリスクを避ける方法をブリーフィング等で必ず説明します。きちんと説明して理解してもらわないと危険だからです。川は常に流れているので海より難しいダイビングになります。

リバーダイビングは多くの指導団体でスペシャリティーコースが設けられています。コースを設ける必要がある程にリバーダイビングは難しいということです。スペシャリティコースでは先の再循環流を始めダイバーのリスクになりうる環境についてすべて解説されます。川で潜りたいダイバーは受講したほうがいいでしょう。

ダイビングショップのスタッフをやってた頃はどんな職場でも "オープンウォーター受講者にはあんまり怖いことを言わんように" という暗黙の約束事がありました。そうしないとお客さんが安全なダイバーになる前にダイビング自体をやめちゃう、その結果安全なダイバーにならないという結果を招くからです。

オープンより上のコースや日頃のファンダイブツアーでどういうところにどういう危険があるのか (あまり怖くならないように注意しながら) 眼の前の場所を具体的に示しながら説明します。また普通その説明に常連さんも加わってきます。そのためにお客さんは自ずと事故を起こしにくいダイバーに育っていきます。

自分はショップの常連になってツアーにどんどん参加するメリットはまさにそこだと思っています。ショップのツアーは安全に潜るための知識や具体的な方法、何を避けるべきか、もちろんダイビングスキルの困りごとの解決方法など、無数にあるノウハウの宝庫だと思っています。

なので自分としては、安全に潜るためのノウハウも経験も不足している人が、コース基準が認めてるからという理由で個人であちこち潜るのは、否定はしませんがあまりお勧めもしません。おそらく大半のインストラクターやショップオーナーは安全なダイバーになるには講習だけでは足りないと、決して口には出さなくてもそう思っていると信じるだけの経験を重ねてきました

実際問題としてショップツアーに一切参加せずに個人で潜り続ける場合について考えてみましょう。そのようなダイバーが安全に対するノウハウを得ようとすると本を読むか、あるいは自分の経験に頼るしかなくなってしまいます。

そうすると、実際のダイビングポイントを目の前にして、このダイビングポイントのどこに安全上のリスクがあって何を避けるべきか、エントリすべきか中止を判断するべきかの実際の具体的な判断基準を持つことが非常に困難になります。

自分の経験で安全に対するノウハウを得るしかなくなる、と書きました。これは実際にその人が事故を起こすか、あるいは事故寸前になるかという経験をすることを意味します。その時に命を落とさなければいいですが、人間は水の中で生きるようにできていません。多くの場合は無事に家に帰ることが叶わないのです。

なのでぜひともショップをうまく使ってください。ダイビングの知識とノウハウ、スキルを講習だけで完結するのは自然を相手にするアクティビティである以上、ほぼ不可能です。ショップには多くのダイバーが集まりますから、安全のための方法論、スキル、リカバリー方法などの膨大な生きた情報が集まります。どうかショップをうまく利用してください。

同じ趣味を持つ人たちが集まるので楽しい場所でもあります。

ふだん講習などでは「助からない」とか「死んじゃうので」というような言葉は絶対に口にしません。ですが最近「体験で十分」とか言ってる人を SNS 等でやたらと見かけるることが増えてきました。そのような危険思想に与することはできません。そのため少し脅かすような言葉も SNS やネット限定で使うことにしています。

どう考えても体験で十分なはずはありません。せめてオープンは取って何をするとどう危険なのかは知ってほしいですし、できればレスキューまではステップアップして欲しい。レスキューまで進むと、あぁ、海でバディに何かあったらこれは絶対助けられんわ、自分になにかあっても助からんわ、と実感します。

自ずと安全に敏感になっていくので、無茶な、あるいは無知によるリスキーなダイビング前やダイビング中の行動や判断を避けるようになって安全に潜るダイバーとして成長していきます。

何もお金だけが目的でショップは講習やツアーをやってるわけではありません。講習もツアーもそれ自体は、特にツアーはですが経費をさっぴくと利益がほぼ 0 です。

安全なダイビングをするダイバーになって欲しい、それが全指導団体、全ショップ、全インストラクター、ダイブマスター、アシスタントインストラクター (すべて候補生を含む) の願いです。

安全に海や水辺を楽しみましょう。