寝ている時にふと目が覚めてしまったときに、貯砂ダムの上部の中央部に水流を集める構造が気になってしまい、あれが原因じゃないのか?と頭から離れなくなってしまい、そのまま眠れなくなってしまった。
自分は昔リバー・ダインビング・スペシャリティを教える立場にあった一人とはいえ、河川にある構造物や SUP に関しては初心者以下の素人である。とはいえ再循環流がいかに危険かは知っている。どういう風に危険なのかも知っている。
しかし自分の体でどれくらい、またどのように危険なのかを試すわけにはいかない。自分の体で試すことはそのときにそこで死ぬことを意味する。
リバー・ダイビングで教えている危険の仕組みがなぜ起こるのか、そして他のウォータスポーツでも絶対に考慮しなければならない危険な現象の仕組みへの理解は欠かせない。しかしそのような危険な現象への理解は、その説明を物理学に委ねなければならない。
以下はほぼ推論と調べた結果で構成されるので伝聞以上の正確性は保証されないことをお断りしておく。また明らかな間違いがあるのであれば専門家の指摘を待ちたい。
そもそも貯砂ダムの上部がなぜあのような形状になっているのか調べようと考えた。というのはあの中央の窪んたところに水が集中的に流れることで水の流れの速度が早くなるのではと推察された。
水の流れが早くなればあの危険な再循環流も激しくなるし下流側に発生するバックウォッシュの距離も伸びることが、常識的に考えられた。
14 日の日記で再循環流がどれだけ危険で致命的かは述べた。とはいえ文章での説明ではどうしても具体性に欠け、その危険性が伝わり難い。そのため復習がてら YouTube で見つけた動画を紹介する。以下動画を貼り付けるが YouTube にジャンプして日本語字幕を on にすることを推奨する。
いろいろ調べていてわかったのだけれど、米国ではこのような堰や再循環流が発生する場所を溺死マシンと呼んでいる。そのような物騒な呼び方が定着するほどに人の命を吸い取っている場所だということだ。
話を長島貯砂ダムに戻す。
最初は長島貯砂ダムの上部構造が砂防堰堤の上部構造に似ていることから、説明が多そうな砂防堰堤の構造について調べようとした。しかしやはり貯砂ダム自体の構造を調べたほうが良かろうと考え直し、貯砂ダムの構造について調べるため Google で検索した。
"貯砂ダム 構造" で検索したところなんと今回事故現場となってしまった長島貯砂ダムの建設工法の解説ページがヒットした。
読み始めたところ、冒頭で気になる記述を発見した。
長島貯砂ダムの解説ページに "長島ダムの制限水位時には越流部より上部が水面上に姿を現すが、常時満水位時には完全に水没する" とある。つまりこの貯砂ダムは通常時、水面下に完全に水没しているということだ。
つまり梅雨や秋雨の頃の雨季でなければ SUP を楽しんでいる人間は貯砂ダムの存在に気づきすらしていない可能性がある。なんでこんな危険とわかりきった場所に近寄ったのかという疑問自体が揺らいでしまう。
とはいえ 13 日の NHK の動画を見ればわかるように、13 日、貯砂ダム上部は湖面からむき出しであった。また動画から貯砂ダム上部にかなり強い水流が発生していることが見て取れる。
この強い水流が発生するのは貯砂ダムの上流側と下流側で大きな水位差が発生していることがその理由だ。水は高いところから低いところに流れ落ちるのだからこれは当然だ。
通常時この貯砂ダムは水没していると書いた。水没しているのであれば貯砂ダム上流部と下流部の水位が同じである。貯砂ダム上流部と下流部の水面近くの流れは湖内を流れる水流と比較して速度も運動量もさして変わらないことが予想される。
むろん水面下に貯砂ダムがあることから、そう単純に考えることはできない。水は流れやすい場所に集中する。貯砂ダム上部の凹部分に水流が集中することは考えられる。海でリップカレントが発生するのと同じ原理だ。
原理的に貯砂ダム中央付近で流れが早くなる可能性はある。ただ湖面の幅いっぱいに広がっている堰を超える流れが、貯砂ダムの中央付近だけリップカレントのような強い流れになっているとはやはり考えにくい。仮に流れていたとしてもリップカレントよりも更に短い距離のはずである。
それだけでなく通常時は貯砂ダムの上部は水面よりはるか下である。水中で再循環流が発生していたとしても、その流れが水面まで影響を与えると考えるのはあまり現実的だと思えない。
通常時は湖面がさほど強く流れておらず、いっさい危険などを感じることなく、水面下の貯水ダム上の水面を SUP でも通過できてしまうのではないだろうか。
日常的に接岨湖で SUP を行っており、堰の危険性も知っていたとする。そうだとしても長島貯砂ダムが水没しているおだやかな状態の湖しか知らない場合、その危険性を低く見積もってしまうミスを犯してしまう可能性はないだろうか。
普段は水没している貯砂ダムがなぜ水面より上に露出しているのかと不思議に思うかもしれない。その答えは秋だからということになる。
接岨湖は下流側の長島ダムによって生まれたダム湖だ。国土交通省のサイトによれば長島ダムは洪水調節、流水の機能の維持、かんがい、水道用水・工業用水の供給を目的とする多目的ダムであると書かれている。
日本には梅雨と秋雨前線による降雨時期の2つの雨季がある。ダムによる洪水調節、流水調整機能は大井川流域に住む人々にとって安全上の生命線だとも言える。
雨季に発生する豪雨や長期間の降雨に備えて、雨季を迎える前にダムはあらかじめ水位を減らし、新たな貯水量を確保するように運用される。そうしなければ雨季に強い雨が集中的に降ると、最悪ダムが決壊して下流域に大災害をもたらすからである。ダムにより下流側の水量をなるべく一定に保ち、災害が発生することを未然に防ごうとするわけだ。
長島ダムも例外ではなく雨季の前に放水し、ダム湖の水位を下げることを行う。
そうすると何が起こるのかというと、ダム湖の水位が下がることで上流側の長島貯砂ダムが水面から露出し、貯砂ダムの上流側と下流側で水位差が生まれる。すると事故現場になってしまった水流が発生し、貯砂ダムの直下で SUPer にとって非常に危険な再循環流とバックウォッシュが発生することになる。
何度も書くが、遭難したお二人は残念ながらお二人共亡くなってしまっている。なのでお二人がこの危険な場所に近寄ってしまった原因は明らかでない。しかも今後も明らかになることがないと思われる。
発見者がお二人の事故を目撃したのは、すでにお二人が再循環流に巻き込まれて溺れている状態のときだ。目撃情報もお二人が危険な場所に行ってしまった原因を語ることはできない。なので今日の日記もどうしても推測にならざるを得ない。
ただ気になるのはやはり貯砂ダム上部の凹んで水路になっている構造だ。水は狭い水路に集中する。物理法則上、水が貯砂ダム全体を越水する場合より、この凹んだ部分に集中するほうが流速は増す。流速が増せば再循環流も激しくなる。
それだけではなく川を遡る方向に流れるバックウォッシュも距離が伸びる。事故はこの伸びたバックウォッシュに捕まったお二人が逃れるすべもなく再循環流に巻き込まれてしまった可能性はないだろうか。
14 日の日記に書いたようにクルージング用の SUP ボードは横幅もあり水の流れが早ければその流れに逆らうのが非常に難しい。しかもパドルのブレードは流れに逆らうには非常に心もとないサイズだ。
お二人は近寄ったのではなく引き寄せられて逃げられなかったのではないだろうか。